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112話 狂言

last update تاريخ النشر: 2026-09-23 06:38:04

もう少しでお姉様に手が届くと思ったその時、スッと黒い影が目の前に現れて、私の行く先を制する。

「何?」

睨み付けながらそう聞いても、目の前に立った男は何も言わない。

「私も化粧室に行きたいの」

そう言うとその男は少し笑って言う。

「でしたら店外の方へどうぞ」

そう言われて私は激高する。

「私は妊婦なのよ! トイレが近いの!」

私が大きな声でそう言うと、少し離れた場所で足を止めたお姉様が大きなため息をついて言う。

「良いわ」

お姉様にそう言われたその男が体を避ける。私はその男を睨み付けながらその男の前の通り過ぎる。お姉様に近付く。このままお姉様と一緒に化粧室に入れば、その時は。

そう思ったのに、お姉様は一向に動こうとしない。

「お姉様は入らないの?」

そう聞くとお姉様はクスッと笑って言う。

「お先にどうぞ」

お姉様の体から発せられる圧倒的な威圧感に、私はたじろぐ。お姉様がこんなに自信満々に私の前に立った事なんて、今まで一度も無かった。

(良いわ、それなら……!)

化粧室へ向かう狭い廊下のその先は数段降りる段差がある。私はそう思い、お姉様の前を通り過ぎる、その瞬間、自分で勢いをつけて、そ
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  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   112話 狂言

    もう少しでお姉様に手が届くと思ったその時、スッと黒い影が目の前に現れて、私の行く先を制する。「何?」睨み付けながらそう聞いても、目の前に立った男は何も言わない。「私も化粧室に行きたいの」そう言うとその男は少し笑って言う。「でしたら店外の方へどうぞ」そう言われて私は激高する。「私は妊婦なのよ! トイレが近いの!」私が大きな声でそう言うと、少し離れた場所で足を止めたお姉様が大きなため息をついて言う。「良いわ」お姉様にそう言われたその男が体を避ける。私はその男を睨み付けながらその男の前の通り過ぎる。お姉様に近付く。このままお姉様と一緒に化粧室に入れば、その時は。そう思ったのに、お姉様は一向に動こうとしない。「お姉様は入らないの?」そう聞くとお姉様はクスッと笑って言う。「お先にどうぞ」お姉様の体から発せられる圧倒的な威圧感に、私はたじろぐ。お姉様がこんなに自信満々に私の前に立った事なんて、今まで一度も無かった。(良いわ、それなら……!)化粧室へ向かう狭い廊下のその先は数段降りる段差がある。私はそう思い、お姉様の前を通り過ぎる、その瞬間、自分で勢いをつけて、その数段の段差を利用し、上手く落ちた。◇◇◇ダダダダダン!!目の前で触れてもいない瑛理香が、化粧室の入り口に滑り込むように数段の段差を落ちて行く。それを見て私は笑う。(そういう事……)いかにも瑛理香の考えそうな事だ。「キャー!!!」大袈裟な叫び声が店内に響く。瑛理香が叫び声を出すほんの数秒前には優秀なSPが私を背後に匿っていた。スタッフをはじめ、店内に居た人たちが集まって来る。(さぁ、瑛理香! 本領を発揮しなさい)私は心の中でそう呟く。「瑛理香!」集まって来た人たちの中に翔太も居た。叫んだのが瑛理香だと分かったんだろうか。人だかりを掻き分け、化粧室の前で倒れている瑛理香に駆け寄る。その時、翔太は一瞬、私を見た。瑛理香は翔太に助け起こされ、そして待望の一言を言う。「お姉様が……急に私を……」そう言われて期待通り過ぎて、呆れる。その言葉を聞いた翔太が私を見る。「美緒! お前……!」そう言われて私は鼻で笑う。「私は彼女に触れてもいないわ」肩をすくめてそう言ったけれど、翔太は私の言葉など聞いていない。「瑛理香は妊娠しているんだぞ! 突き飛ばしたのか!?」話

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    不意に九条征哉が立ち上がる。「俺の、婚約者?」そう言いながら九条征哉がゆっくりと歩き出す。その体に誰も逆らえないような強いオーラを発しながら。そして私の隣に並び立つと、私に聞く。「アイツはそう言っているが、美織はアイツを知っているのか?」そう聞かれて私は鼻で笑う。「いいえ、知らない人よ」そう言いながら私は九条征哉に手を伸ばし、その頬に触れる。「私はもう既にあなたと結婚しているの、そうでしょ?」九条征哉はそう言う私に微笑み、私の手に頬擦りしながら言う。「そうだ、美織は俺の女だ」私はそんな九条征哉に微笑む。「それに」そこで言葉を切って、瑛理香を見る。「彼女、妊娠しているみたい。ここの服は妊婦用には作っていないじゃない?」そう言って私は九条征哉を見上げる。「私が気に入らなかったドレスをあげても良かったんだけど、彼女が妊婦さんなら着られないものね」私がそう言うと九条征哉が鼻で笑う。「お前が気に入らなかったドレスは一般販売用に下ろしても構わないが、アイツらに買えるのか?」◇◇◇お姉様が私を馬鹿にしている……?両膝をついて懇願しているのに、お姉様は私に情すら掛けないというの!しかも嘲笑うような事まで言って……!許せない! 許せない!私はお姉様を睨みながら立ち上がり、適当に店の中のものを見繕う。目についたバッグを手に取る。「これを包んで」そう言いながらスタッフに差し出す。「瑛理香!」翔太が止めに入る。「何してんだよ! 止めろ!」私はそう言う翔太の手を払う。「お姉様に、あの女に馬鹿にされているのよ!? そんなの耐えられない!」そう言いながら私は自分のバッグの中からカードを出す。「これで」そう言ってカードを渡す。困り果てた様子のスタッフに、VIPルームの中から声がする。「カードを切ってやれ」九条征哉の声だ。忌々しい。スタッフはその場でカードを切る。けれどすぐに警告音が鳴る。「お客様、このカードは使えません」そう言われて思い出す。そうだ、私のカードは七倉のお屋敷に行った時のドレスの弁償金の為に、停止されているんだった……。そう思い、私は翔太を見る。「は? 俺?」そう聞かれて私は翔太に顔を近付けて言う。「今、カードを切れば、お姉様にも格好がつくわ」そう言うと翔太は一瞬、ジャケットの内ポケットを探ったけ

  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   110話 VIP

    数人の男たちが私と翔太を囲む。「止めて! 離して!」私がそう叫ぶと、少し離れた場所に居たお姉様が耳を軽く押さえて言う。「もう良いわ、離して」お姉様のそのたった一言で私たちを囲んでいた男たちが私たちから手を離す。「美織……お前は優し過ぎる」九条征哉がそう言う。お姉様が笑う。「私は別に。うるさい声を聞きたくなかっただけよ」お姉様は私と翔太を一瞥すると、九条征哉に言う。「入りましょう? 早く征哉が用意したドレスが見たいわ」(こんなに素直に男に甘えるお姉様は初めて見たわ……)今まではずっと黙って、翔太の後ろをついて歩くだけの女だったのに。婚約者の翔太がお姉様ではなく私を優先しても文句ひとつ言えないような、気弱で引っ込み思案で自分に自信の無い、そんな女だったのに。九条征哉はそんなお姉様を見て微笑み、お姉様の腰に手を回し、言う。「行こう」二人が連れ添って中に入って行く。「待ってよ! お姉様!」私はそう言いながらお姉様に追いすがろうとしたけれど、私を囲んでいた男たちに止められる。私の声を聞き、足を止め、お姉様が振り返り、言う。「好きにさせて」お姉様のその一言でまた、男たちが手を離す。私はニヤッと笑ってお姉様に近付こうとした。けれどそれよりも前にお姉様がほんの少し振り返り、言う。「あなたは一ノ瀬家のご令嬢でしょう? ご令嬢なら節度をお持ちになってね」冷たい声だった。聞いた事も無いような。二人がサロンへ入って行く。追いかけるように私も翔太もサロンに入る。「九条様、こちらにどうぞ」そう言ってスタッフがサロンの奥に二人を連れて入って行く。私たちも続こうとしたけれど、止められてしまった。「ここから先はVIPです」(VIPですって!?)VIPルームの入り口は開け放たれていて、中が見える。中は広く、中央にポツンと円形の豪奢なソファーが置かれ、九条征哉はそこに座っている。お姉様はズラッと並べられたドレスを吟味している。「これ、全部?」お姉様がそう聞くと九条征哉が笑う。「少ないくらいだ」ここから見ても分かるくらいに、そのドレスは着数が多い。「私、一人しか居ないのよ?」そう言って笑うお姉様に九条征哉が言う。「気に入ったもの全部、買えば良い」それを見て、私は立ち尽くし、言い知れぬ程の怒りを感じる。(どうしてお姉様だけ!)そこで私は

  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   109話 妹

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  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   108話 悪辣

    一ノ瀬家での余興は楽しめた。やはり九条征哉と一緒に居るのが一ノ瀬家の長女だと分かった。宿敵同士だった二人が、一ノ瀬家のあのバカ女の策略で繋がりを持った……しかも妊娠までしていた……。あのバカ女は自分の地位を守る為に、そして正当な後継者である姉を嵌めたかったんだろうけれど、相手が悪かったわね……。これがどこの馬の骨とも分からないような男相手だったら、もっと悲惨な事になっていたのに……本当に温室育ちのお嬢様は考える事が生温いわ。「朋美様」部下が話しかけて来る。「何なの?」そう聞くと部下が一枚の封書を差し出す。それを受け取る。「招待状?」そう書かれていた封書を開ける。中には九条家主催のレセプションパーティーの招待状が入っていた。しかも招待状に名前を連ねていた名前には四季凪の名もあった。九条に保護・管理されている四季凪の名跡……今後、関わるなと念を押した私に招待状を送って来るなんて。九条征哉は一体、何を考えているの?まぁ、良いわ。これに参加をすれば暁斗には会えるんだもの。関わるなと言ったのは向こうなのに、関わり合いを持たせてくれるんだから、有り難く使わせて貰うわ。◇◇◇私は屋敷の中を歩き回り、怪しい人を探したけれど、そもそもこの屋敷の中にお姉様と懇意にしている人間など存在しない。お姉様は一ノ瀬の屋敷に居た頃は、ほとんどを離れで過ごしていたせいで、本邸に居た私たちとはほぼ一緒に過ごしてはいないし。お姉様の世話をしていたメイドにも話を聞いたけれど、メイドなんて所詮はただのメイド。メイドがお姉様に協力をしていたとしてもたかが知れている。部屋に戻りながら考える。お姉様の協力者は誰なの?やっぱり九条征哉?半年前に一度だけ体の関係を持っただけの女に協力する?しかも媚薬のせいで記憶だって曖昧な筈だわ。それとも。どんな女であれ、九条の子を妊娠したとなれば、大事に扱って貰えるというの?何の価値も無いお姉様でさえ、あの扱い……。待って、お姉様の妊娠していたという子供は堕胎で死んだ筈では?という事は九条家には今、まだ子供が居ないのよね……。そうだとするなら、九条征哉に誰かほかの女を近付けて、お姉様の時のように既成事実を作ってしまえば、お姉様は九条家から追い出されるわよね。(あぁ! もう! こんな時に!)私は自分が妊娠しているのが忌々しく

  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   107話 浅知恵

    「これで七倉のお爺様からの協力が確実ね」私がそう言うと九条征哉が微笑む。「美織が居れば、そんな事は些細な事だ」そう言われて私は笑う。「それで、四季凪暁斗はどう使うの?」そう聞くと九条征哉が言う。「あの男はまだ顔を隠している」そう言われて聞く。「顔を隠している?」そう聞くと九条征哉が笑う。「あぁ、今は九条家という大きな家に盾突けるだけの力も金も無い。だが、それを持ったら、あの男は間違いなく俺に向かって来るだろう」そう言われて私はそれを想像する。「そんな度胸、あるのかしら?」そう聞くと九条征哉が笑って言う。「あるさ、俺には分かる」そう言われて更に聞く。「どうして分かるの?」そう聞くと九条征哉は私の肩を抱きながら言う。「アイツの美織を見る目が、美織を狙っている人間の目だからさ」そう言われて私は九条征哉を見上げる。「私を狙っている目?」そう聞くと九条征哉が言う。「あぁ、そうだ。お前は美しく気高い。今は俺が居るから大人しくしているが、チャンスは狙っているだろう」そう言われて私は思わず吹き出す。そんな私を見て九条征哉が聞く。「意外か?」そう聞かれて私は九条征哉に寄り掛かりながら言う。「別に。どっちでも良いわ。私は興味無いもの」そう言うと九条征哉が盛大に笑う。そして私を見下ろし、聞く。「それは俺の勝利って事で良いんだな?」そう聞かれて私も笑う。「そうよ。それも圧倒的なね」◇◇◇翔太からの返事が無い。作戦を練りたいのに、誰も私の周りには居ない。つい先日、私が開いたお茶会のように。翔太はお姉様を見た時からずっと、お姉様の事しか頭に無い。自分を頼る筈だとか、お姉様が好きのは自分だとか。(そんな訳無いじゃない)私はそう思いながらソファーに座り、お茶を飲む。確かにお姉様は世間知らずで、男の人に相手にされた事が無いから、翔太が少し優しくしただけでのぼせ上がって、翔太に夢中だったけれど。それも家を追い出されるまでの話じゃない。そんな事を言うならお姉様が一ノ瀬の家を追い出された時に、駆け付けるべきだったのよ。そうすれば家を追い出された後だとしても、少しはお姉様の心に残れたかもしれないのに。それにしても。七倉の家で見たお姉様は、九条征哉と七倉のお爺様、そして謎の美男子に囲まれていて翔太には見向きもしなかった……。

  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   1話 嵐の夜

    「一族の面汚しだ!」土砂降りの雨の中、私は泥の上へ叩き出される。雷鳴が鳴り響き、雷の光がお父様の背後のお屋敷を照らし出す。お父様は私を見下ろしながら私に何かを叩き付ける。「これは一体、どういう事だ!」私の頬に叩き付けられたもの、それは数枚の写真。私の頬に叩き付けられた写真が土砂降りの雨の中に散らばる。その写真には私が男に肩を抱かれホテルの部屋に入って行くところが写っている。しかも写真はそれだけにとどまらず、私とその男が半裸でベッドに居るところまで写っている。(どうしてこんな写真をお父様が持っているの&

  • 灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く   7話 消えた令嬢

    高橋翔太と瑛理香は元々、繋がっていて……一ノ瀬家の家名が欲しかった高橋翔太と、一ノ瀬家の令嬢という地位を自分だけのものにしたかった瑛理香が手を組んでいた……。高橋翔太と一ノ瀬瑛理香は笑いながら、私の墓石を足蹴にして、去って行く。しとしとと降る雨の中、私はまだ衝撃に体を動かせないでいた。不意に私は笑い出す。「フフ……」そう言う事だったのね……箒を握る手に力が入り、指の節が白くなる。私がどうしてあの夜の記憶を失くしたのか……それはあの二人が結託して私を嵌めたからだ。宿敵である九条征哉という男をも巻き込み、私に言い逃れが出来ないように写真を撮り……そして私のお腹の中に宿った子供でさえも、

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    目が覚める……。チカチカと視界が霞む。寝かされている場所は……色味の無い部屋……? (ここは……どこ……?)(昨日のあれは……夢だった……?)微かな希望だった。昨日の夜の事は私を襲った悪夢、そう思いたかった。けれど。

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    お父様のそんな声を転がりながら聞く。お父様がそう怒鳴りながら私に近付く。しゃがみ込んだお父様は私に小さな声で囁く。「美緒」そう言われて私は少し驚く。その声に優しさが滲んでいたから。「よく聞け」そう言う声は低く、雨音にかき消されそうな程で、恐らくは私にしか聞こえていない、そんな声だ。「お前を療養所に送る。そこで大人しくしていろ。騒がず、逃げる事も考えずに、誰とも連絡を取るな」私は赦しを乞おうと言葉を口にしようとして、それでもそれが言い訳にしか聞こえないだろう事を思うと言葉が出ない。お父様は私の腕

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